歴史

  16世紀-初めてのパナマハット
現在のグアヤ、マナビ地方が属するエクアドルの海岸にスペインの占領隊が到着し、彼らは先住民が耳とクビを覆う麦藁帽子をかぶっていたことを記録しました。スペイン語で「トカス」と呼ばれる、修道女や未亡人が当時ヨーロッパでかぶっていたヘッドドレスのように見える帽子でした。そのため、この帽子は「トクイラ」または「小さなヘッドドレス」と呼ばれ、この藁は、「トクイラ」藁と呼ばれるようになりました。スペイン人たちも、同じ原料の帽子をかぶり始めました。
   
  17世紀-モンテクリストハット
スペイン人の領主たちは、耳から首まで覆う伝統的なトクイラハットの代わりに、原住の使用人たちにヨーロッパスタイルの帽子を作らせ ました。熟練の職人たちはジピジャパ、モンテクリスト(マナビ地方)に住み、そのうちすぐに、これらの町は帽子の最先端地として有名になりました。今日まで、モンテクリストハットはパナマハットの中でも 最も質のよい帽子として知られています。
   
  18世紀-科学的名前が与えられる
スペイン人たちはトクイラ藁を使用し始め、植民地の階級と共に有名 になっていきました。そのうち、スペイン王までが妻のためにトクイ ラ藁を購入し始めました。植物学者たちは、これらの帽子に使われて る藁がエクアドル海岸沿いの100-400メートルでしか育たない種のヤ シから取れるものだということを発見しました。そのため、学者たち はチャールズ4世と彼の妻の名に因んで、カールドヴィカパルメタとい う科学名をヤシにつけたのです。
   
  1835-初のモダンハットビジネス
エクアドルがスペインから独立した後、マニュエルアルファロという 起業家が1835年にモンテクリストに居住し、熟練の職人たちを雇い個人の藁農園を使って帽子商業を確立させました。彼のビジネスは成功し、彼は商業の中心地であったパナマへと輸出を始めました。後に、世界中から注目を集めるようになるパナマに店を開き、エクアドル 産の帽子はパナマで有名な製品の一つとなりました。
   
  1836-1845-クエンカハット
1836年、アズエイ地方の南の高地にあるクエンタという町で、地元の経済回復の試みの元に、帽子工場が開かれました。クエンカハットは、藁の混ざり具合と太い藁を使って早く仕上げることが出来るという 点で、モンテクリストと異なります。
権力者たちが、木製の帽子型、砂の粉、工具と海岸沿いの農園から運 ばれてくるトクイラ藁を大量に持つ近代店舗を確立させました。熟練 の職人たちはマナビからクエンカへと移住させられ、職人希望の者全 てに訓練の機会が与えられました。そして、クエンカの帽子業はその 地方で最も強い経済力となりました。
   
  1848-ゴールドラッシュ
1848年、ゴールドラッシュが始まり、人々はパナマを通ってカリフォルニアへと移動し始めました。その途中に、人々は帽子を購入し、こうしてアメリカにパナマハットが広がりました。後のエクアドル大統領、マニュエルアルファロの息子、エロイアルファロは、家業を継ぎ 、1849年にカリフォルニアに220.000個の帽子を輸出しました。
   
  1855-パリでのワールドフェア
パナマハットの地としてエクアドルが参加国に含まれていなかったた め、パナマに住んでいたあるフランス人が1855年のパリでのワールドフェアでパナマハットを展示しました。フランスの流行はすぐにパナマハットを受け入れ、ナポレオンまでが、モンテクリストハットをかぶり、その他のヨーロッパ諸国にもパナマハットが広がりました。グ レートブリテンでは、ウェールズ王(エドワード7世)もパナマハットの とりことなりました。
   
  1863-1898 輸入拡大
エクアドルはアメリカ、ヨーロッパへのパナマハットの輸入を続け、同時に南米、砂糖やタバコ農園の労働者に不可欠な帽子が毎年大量に購入されていたキューバを中心としたカリビアン諸国へのマーケット 参入を広げました。
   
  1898-スペインアメリカ戦争
アメリカ政府は、スペインアメリカ戦争時代に、熱い日差しから兵士 を守るため、50.000個の帽子を購入しました。
   
  1906-パナマ運河の建設
パナマ運河の建設中、パナマに到着したアメリカからのエンジニア雇用人のために大量の帽子が購入されました。ローズベルト大統領がスタイリッシュなモンテクリストハットを運河訪問時にかぶっていた写真が世界中の新聞に掲載され、パナマハットはさらにその知名度を 増しました。興味深い事実として、1925年にトルコの現代化法で伝統的な古い帽子をかぶることが禁止され、パナマハットをかぶることが 強制されまし た。
   
  1944-ハリウッド黄金時代
1944年にココアの輸出が低下し、パナマハットがエクアドル一の輸出 品となり、パナマハットの輸出はピークに達しました。ハリウッドの 黄金時代に、沢山のスター達がパナマハットをかぶり、テレビなどで スタイリッシュなパナマが宣伝されたことが、パナマハットのピーク のひ付け役となりました。風邪と共に去りぬ、カサブランカ、キーラ ルゴ、アラバマ物語、王になった男などでパナマハットが登場してい ます。

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